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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4946号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

三原告は、被告は、昭和五一年一一月一日、第一次手術後の原告の経過、同日における原告の出血等の症状からすれば、原告に対して再手術を行うべきであつたにもかかわらず、その必要がないものと誤信して、再手術を行わなかつた旨主張するので、これについて判断する。

昭和五一年一一月一〇日、日赤の外来において、原告の自覚症状等に基づいて原告に対し再度爬を行う必要があると判断され、翌日牧野医師によつて第二次手術が行われたことは、前項4及び6において認定したとおりである。

しかしながら、

1 <証拠>によれば、中絶術は、子宮の頸管を拡張器でひろげて、胎盤鉗子によつて胎盤、絨毛、胎芽(胎児)を除去する手術であり、開腹手術のように目で見ながら行うのではなく、経験のもとに感覚に頼つて行うものであること、それ故絨毛の一部遺残は時にはありうること、子宮は非常に柔らかく、中絶術の際に、絨毛部下部の子宮内膜筋層を傷つけ、術後の出血を長引かせることがあるのみならず、頸管部等を穿孔すると、大きな血管があるため、大事に至ることがあること、中絶術を行う際には、遺残がないように注意する以上に子宮の穿孔を避けるよう神経を集中することが肝要であること、遺残があるかどうか、逆に爬し過ぎないかどうかは、手術を行う者が経験に照らして判断するほかないこと、そもそも絨毛の遺残の有無は目で見ることは不可能で、術後の出血の経過により判断されること、術後の出血は、絨毛の遺残による場合に限られず、子宮の収縮不全、子宮内膜の再生能力不全による場合があること、なお遺残した絨毛が自然に排出されることもあり、全部排出されてしまえば再度爬を行うまでもないこと、右子宮穿孔の危険性、出血の原因が遺残によらない場合の可能性等に鑑みて、術後の出血が長引いても直ちに再爬はせず、まず子宮収縮剤の投与及び卵胞ホルモンの注射等により子宮内膜の再生を促して様子を見るのが婦人科医の常識であること、被告は前記の臨床経験中再手術をした例が二〇例ほどあつたが、その大部分が術後出血が続いたため再手術を要したものであること、被告が再手術を行つたのは第一回目の手術後少なくとも二週間以上経過してからであるのがほとんどであること、遺残があれば次第に腐敗していくが、二週間程度放置していても、母体に対して特に重大な影響はないことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

被告は、第一次手術を行つた翌日である昭和五一年一〇月二〇日、被告の指示どおり来院した原告を診察したが、原告には特に異常はなかつたので、原告に対し、抗生物質及び子宮収縮剤を投与し、なるべく安静にし、一週間たつてもなお出血が続く等異常があれば再度来院するように、との注意を与えたうえで原告を帰宅させた(同日原告が被告の診察を受け、抗生物質及び子宮収縮剤の投与を受けたことは当事者間に争いがない)。さらに被告は、同月二六日、出血がまだ多少あつたので来院した原告を再び診察したが、中絶術施行後の経過としては格別の異常がなかつたので、原告に対して卵胞ホルモンを注射したうえ、前回と同様の注意を与えるに止まつた(同日被告を診察し、卵胞ホルモンの注射をしたこと、原告に出血があつたことは当事者間に争いがない。)原告は、昭和五一年一一月一日(第一次手術より一三日目)局部から相当程度出血が認められたので、同日被告の医院を訪れ、被告に対しその旨を告げて胎児が残つているのではないかと尋ねたが、これに対し被告は、前記(第二項3)のとおり第一次手術において二か月後半におけるものと十分に認めるに足りるだけの量の胎盤及び絨毛を確認していたので、胎児が残つていることはありえないと考えてこれを否定し、さらに診察の結果原告の子宮が正常よりやや大きい程度にすぎないこと、四回に及ぶ原告の中絶歴、自分の今までの臨床経験を総合勘案し、原告の出血は子宮の収縮不全、子宮内膜の再生能力不全によることが考えられるのでさらに様子を見る必要があるものと考え、原告に対し、出血は子宮の収縮が悪いためであると説明し、局部を洗滌したうえ、三日分の子宮収縮剤を投与し、卵胞ホルモンを注射し、出血がさらに続く場合には再び来院するよう注意したが、再度爬を行うことの可能性については言及しなかつた(同日被告が原告を診察し、「子宮の収縮が悪いから」と述べ、局部の洗滌、子宮収縮剤の投与、卵胞ホルモンの注射をしたことは当事者間に争いがない)。以上の事実が認められ、<証拠判断略>その他に右認定を履すに足りる証拠はない。

3 <証拠>によれば、原告は、その後も吐き気、貧血による目まい等の自覚症状があり、周囲の者から別の病院での診断を受けるように勧められたので、昭和五一年一一月一〇日、日赤外来で診察を受けたこと、前記(第二項4)のとおり同外来では再度爬を行う必要があると判断し、同産科で翌日手術を受けられるよう措置をとつたこと、原告は同日のうちに被告に電話をかけ、日赤での診断の結果を伝えたところ、被告から自分のところへ来れば診察のうえ必要があれば再手術を行う旨の申し出があつたが、既に日赤産科で手術を行うことになつているため、これに応じなかつたことがそれぞれ認められる。

被告が再手術を行うことが不要である旨誤信していたことを認めるに足りる証拠はなく、以上認定の各事実によれば、かえつて被告は、第一次手術から一三日後である昭和五一年一一月一日において、原告の第一次手術後の経過、当日の診察の結果、原告の中絶歴(四回)及び自分の臨床経験を総合勘案し、原告の出血は子宮の収縮不全、子宮内膜の再生能力不全によることが考えられるのでさらに様子を見る必要があるが、三日分の子宮収縮剤の投与、卵胞ホルモンの注射にもかかわらず出血がなおも続く場合には、再手術を行わなければならないであろう、との判断のもとに、原告に対し前記治療をしたうえで、出血が続く場合には再び来院するように注意を与えたものであり、のみならず、中絶術に伴う子宮穿孔の危険性、出血の原因が遺残によらない場合の可能性等に鑑みて、術後の出血が長引いても直ちに再爬はせず、まず子宮収縮剤の投与及び卵胞ホルモンの注射等により子宮内膜の再生を促して様子を見るのが婦人科医の常識であり、遺残があつても中絶術後二週間程度放置したからといつて母体に対して特に重大な影響はないのであるから、原告主張のように、右同日からさらに九日後である昭和五一年一一月一〇日(第一次手術から二二日目)に日赤外来で再手術の必要があると診断されたことを根拠にして、同月一日における被告の前記措置は医学上の水準に適合せず善良な管理者の注意に欠けるところがあつたと推論することは到底できないものといわざるを得ない。

したがつて原告の前記主張はこれを採用することができない。

(山口和男 山口忍 高世三郎)

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